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名古屋地方裁判所 昭和35年(わ)760号 判決 1960年7月19日

被告人 丸山作蔵

昭二・七・九生 無職

主文

被告人を懲役壱年に処する。

未決勾留日数中参拾日を右本刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は昭和三十年二月刑務所を出所後、定まつた住居なく、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県、名古屋市等の各地を物乞いをしながら転々流浪して暮し、昭和三十五年四月十九日頃より愛知県愛知郡日進町大字藤枝字前田二十九番地所在の天白川に架けられた上川原橋の北詰橋下において寝泊りして生活していたものであるが、同月二十四日午前零時頃、同橋北詰附近の橋桁より長さ約八十三糎の針金に馬穴(証第一号)をつり下げ、その中にて明りをつくるため板切れを燃やし、更に馬穴のふちに縦二尺位、横一尺位のボール紙箱を載せてこれを燃やしていたところ、右ボール紙箱の燃え残りの一端が馬穴のふちから下に落ち、馬穴の下附近に置いてあつた藁束二束に燃え移り、その内の一束は同橋南詰附近の水流に投げ捨てたが、他の一束の火が附近の自己が寝るために敷いておいた藁に燃え移つたのを見たのであるが、右の出火は被告人の重大な過失に基くものであるから、被告人としてはこれを消火すべき義務があり、且つ被告人の真摯な消火行為又は附近の民家に救援を頼めば消火することが出来たのに拘らず、自己の失策の発見されることを恐れるあまり、ことさらに、これらの行為をすることなくそのまま放置し、同橋の橋桁が燃焼するかも知れず、且つ燃焼してもやむをえないと考えながら、自己の荷物を持つてその場を逃走したため藤枝部落区長桜井栄一管理にかかる右橋梁を燃焼させてこれを損壊し、以て往来の妨害を生ぜしめたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百二十四条第一項、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役壱年に処する、しかし刑法第二十一条に則り未決勾留日数中参拾日を右本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用し、これを被告人に負担させないこととする。

(建造物等以外放火罪についての判断)

本件公訴事実中、被告人が判示の如き経過で判示橋梁を焼燬するに至らしめ因て公共の危険を生ぜしめたとして建造物等以外放火罪につき処罰を求めているので、この点につき判断するに公共の危険発生以外の事実は凡て前掲各証拠により認められるから、以下公共の危険が生じたか否かについて考うるに、刑法第百十条第一項に公共の危険とは、放火行為によつて、一般不特定多数人をして、延焼によりその生命身体又は財産の安全を害する虞があると感ぜしむるに相当な状態をいうものと解すべきところ、前掲各証拠によれば、本件橋梁の北西方は約二百米西方は約四百米のところに田畑をへだてて日進町藤枝部落があり、東方は約五百五十米のところに田畑をへだてて日進町米野木部落があり、南方は約二十五米のところに道路又は雑草地をへだてて竹藪があり、そのさきは小高い丘陵となつている。その他の方向はいずれも田畑丘陵が存在している。次に本件橋梁は長さ約十六・六米、幅約二・八四米の木造であるが、その橋の表面は南北両端から約十二糎を除き幅約二・六米の部分を厚さ約九糎のコンクリートで舖装されてある。しかして本件出火により北詰から約八・七米のところまで焼け落ち、南側約七・九米のところは原型を残していたこと等が認められる。

以上の認定によれば、本件橋梁の周囲は田畑、道路、丘陵等であり、又少くとも本件橋梁より二百米以内には建造物は存在しない状況である。更に橋の表面はコンクリートで覆われていることから火焔はこのため或程度おさえつけられ、又余り強度の火力でなかつたことは、半分程度焼け残つた部分があることからも推認するに難くない。

これらのことからして、強烈な風速とか或は特に建造物まで延焼するに足る媒介物の存在等特別の事情の認められない本件においては、本件橋梁の燃焼が藤枝部落、米野木部落又はその附近の部落の人家、その他の建造物等へ延焼するという可能性は殆ど無く、従つて一般公衆をして、その生命、身体又は財産が侵害されるという不安を懐かしむるに相当な状態にあつたとは到底考えられない。その他公共の危険が発生したことを考うべき資料は存しない。

尚本件橋梁は公共の用に供せられるもので、これが焼失したことにより、一般人が通行出来なくなつたことは前掲各証拠により認められ、或は夜間など、焼失したことを知らずに通行せんとして生命身体又は財産に危害を受けるということも想像されえないことではないが、このような橋梁の燃焼自体より直接生ずる危害は、建造物等以外放火罪にいう公共の危険とは考えられない。蓋し右放火罪にいう公共の危険は、そのものより延焼しその結果一般不特定多数人の生命身体又は財産の安全が侵害される虞があるという場合だからである。前者のそのもの自体より生ずる危険は、所謂他の公共危険罪なる往来妨害罪に関するものに外ならないと思料される。以上のような次第で建造物等以外放火罪の部分については、犯罪の証明がないことになるが、判示の往来妨害罪とは刑法第五十四条第一項前段の想像的競合の関係が認められ、右往来妨害の点につき判示の通り有罪の認定をしたので、この建造物等以外放火の点については特に主文においてその無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 赤間鎮雄 石川正夫 中田耕三)

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